2012/10/01

トークショー・レポート

◆トークショー・レポート


1:交遊録から広がる世界 
博士2年:遠藤容代(えんどうひろよ)

  先日、行われた『カート・ヴォネガット』刊行記念トークショーで、一番印象的だったのは、ヴォネガットの意外な交遊関係である。アイオワ大学の創作講座の教え子がジョン・アーヴィングであったのはよく知られているが、同僚には、ラテン・アメリカ文学のホセ・ドノソがいたという。巽先生からは、ドノソとヴォネガットには、フリークス表象のつながりがあるのではいかという、大変興味深い指摘がなされた。『猫のゆりかご』( 1963年)からドノソの『夜のみだらな鳥』( 1970年)へ、ドノソから『ガラパゴスの箱舟』( 1985年)への絡み合った呼応関係は、今まで知らなかったヴォネガット像を来場者に提供した。
  当日は、近年出版が進むヴォネガットの様々な伝記についての紹介も行われたが、これらの本の中には、ラテン・アメリカ文学とヴォネガットのような、まだ知られていない作者像再考の手がかりが潜んでいるだろう。『カート・ヴォネガット』に掲載されている YOUCHAN 作の交遊録を見ながら、ヴォネガットの世界を自分なりに広げてみたくなる、そんな刺激的なトークショーであった。
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2:作家像の立体把握 
4年:坂雄史(ばんゆうじ)

  ヴォネガットという人物を紹介しようとすれば、温厚で穏やか、ガチガチのヒューマニストであるかのように言われるであろう。また、自伝的な要素を含む「ローズウォーターさん〜」などを読むと自らを変人気質、キジるしであるという風に、客観的に眺めていた節もある。
  『カート・ヴォネガット』刊行記念トークショーを通じて浮かび上がってくるのは、こうした多面的な貌を見せる人間くささだ。人類愛に満ち溢れ、どこか人なつっこい。だからこそ、巽先生が語った、世間との交わりを断ち、近寄り難さすら感じさせる隠遁作家サリンジャーにサインを断られたことに憤慨するエピソードは、サリンジャーと対照的に、親しみやすい、私たちの友人であるようなヴォネガット像を作り、おかしさすら感じさせる。だから、日本でも YOUCHAN 挿絵の愛あふれるイラストに彩られた本が作られ、故郷インディアナポリスの人にも愛され、ライブラリーも作られたのであろう。
  まさしく親切の勝利である。
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3:誰が「ヴォネガット」を構築したか  
3年:森田和麿(もりたかずま)

  カート・ヴォネガットという作家が日本に紹介され幅広い支持を集めたことには、浅倉久志氏と伊藤典夫氏という二人の翻訳者の与るところが大きかった。『カート・ヴォネガット』刊行記念トークショーにおいて私が心を打たれたのは、その「ヴォネガットと翻訳」に関するエピソードだ。
  まずは、トークショーにいらしていた森下一仁氏の話。彼がかつてヴォネガットにインタビューした際、伊藤典夫氏のためにサインを頼んだところ「わが共同執筆者 伊藤典夫氏へ」とサインしてくれたというエピソードは、彼の翻訳家に対する敬愛がうかがえる、感動的な話だった。また、その後で巽先生が語った、“nice” “courtesy” “decency”をすべて「親切」と訳した浅倉久志氏の意図に関する話も、翻訳行為の創造的な性質が伝わってきて興味深い。やはり、様々な人の想いを飲み込んで、日本のヴォネガットは大きくなったんだ。そのことが分かる。それだけに、最後の YOUCHAN の「ヴォネガットは日本でも人気があるとアメリカ人に知ってほしい」という言葉は重かった。