ティム・バートン総指揮/ティムール・ベクマンベトフ監督
『リンカーン/秘密の書』
試写会記念トークショー:2012/10/23 @20世紀Fox 試写室
試写会記念トークショー:2012/10/23 @20世紀Fox 試写室
ムー民のムー民によるムー民のための
試写会
試写会
巽孝之氏(以下、巽):わたしの専門は19世紀半ばのアメリカのロマン派文学で、ちょうどリンカーンが活躍したのと同じ頃ですね。アメリカ文学史では、アメリカ文学初の黄金時代ということで「アメリカン・ルネッサンス」の時代として呼ぶのがならわしになっています。それと同時に、わたしは長い間、アメリカ文学と大統領というテーマについてもまた一貫して研究して参りました。リンカーン大統領自身が文学にも造詣が深かったことから、いまご紹介にもあったように、大統領自身が国民に向けてナラティヴを創り出すフィクショニストではないかという趣旨で10年ほど前に『リンカーンの世紀―アメリカ大統領たちの文学思想史』
宇佐和通氏(以下、宇):こんばんは、宇佐和通です。よろしくおねがいします。僕はアメリカン・フォークロアを、これは都市伝説と訳されておりますけれども、15年から20年くらい前から追いかけております。人の話を聞いて採話して、いろいろなバリエーションを集めつつその裏を取るという作業をしておりまして、本も何冊か出させていただいています。今日はどうぞよろしくお願い致します。
フロリダ空港での邂逅
−−早速具体的なお話から伺っていきたいと思います。巽先生が、今回の『リンカーン/秘密の書』の原作が日本で発売されるきっかけをつくられたそうですが、そのことについて教えてください。
巽:これはもうご存じだと思いますけれども、アメリカ作家セス・グレアム=スミスが 2010年に発表した原作小説の原題は Abraham Lincoln: Vampire Hunter
しかし、賞賛すべきは日本側の英断ばかりではありません。原作も脚本も担当したセス・グレアム=スミスは、アメリカの非常に若い作家でまだ30代半ばくらいですが、西海岸に住んで映画産業に長く携わって活躍しているだけに、今回の映画化でも新しい才能を見せています。作家としてのデビューは 2009年で、大ベストセラーになったのですぐ翻訳されましたが、『高慢と偏見とゾンビ』
リンカーン異聞
−−では、本日は「ムー民のための試写」ということで、早速コアな話題に入っていきたいと思います。最近、アメリカ文学でも幽霊や亡霊が、流行しているそうですね。先日発売の『週刊文春』でもリンカーンの幽霊がグラビアで掲載されていました。お二人がご存知のリンカーンの幽霊エピソードや、都市伝説を聞かせていただけますでしょうか。
巽:ホワイト・ハウスに歴代の大統領の幽霊が出るという話は、たくさんありますよね。リンカーン自身の気配をローズベルト大統領夫人が感じたとか、そういうエピソードは私もあちこちで触れたことがあります。今回の映画との関係に限って言うなら、皆さん3Dでご覧になって特に機関車のスペクタクルのシーンなどは迫力があったと思いますが、鉄道 railroad というキーワードから見るとまた面白いのです。リンカーンが為した様々な仕事の中では、 1863年の奴隷解放令が最大のものとされていますけれど、その前年 1862年に制定された太平洋鉄道法も見逃せません。リンカーンはアメリカ全土に鉄道網を張り巡らせるという、非常に大きなヴィジョンを抱いていたんですね。そういう仕事と関係しているのか、 1865年の没後には、リンカーンの遺体が、発疹チフスで亡くなった息子ウィリアムの遺体と一緒に、霊柩列車に乗せられてワシントンD.C.からあちこちを回ってイリノイ州のスプリングフィールドに向かうという、壮大な葬儀イベントが組まれ、線路沿いではリンカーンの死を悼む人々が列を為したというエピソードがあります。さて、じつはその霊柩列車自体の幽霊が出るというフォークロアがあるんですね。そのリンカーンの霊柩列車の幽霊列車を実際に見かけて、中を覗くと、楽団が演奏しているのだけれども、ミュージシャンたちの服の中身はみな骸骨だったという目撃談もあります。
宇:ここでリンカーンと幽霊の話が先生から出たので、僕は「リンカーン記念館あるある」を、いくつか発表させていただきたいと思います。まず記念堂の柱が36本あるのですが、これは死亡時のアメリカ合衆国の加盟州の数であるという話があります。また、リンカーン像の彫刻がありますよね。その右手側から見て、後ろの方のリンカーンの髪がたわんでいるところがあるのですけれども、それが南軍のリー将軍の横顔になっていて、そのリー将軍がちょうど川を挟んだ彼自身のロバート・E・リー記念堂の方を見ている、という話があります。これは結構写真にもなっていまして、DC Like a Localというウェブサイトで結構面白くこういった都市伝説の特集がされています。そして、これも割と有名なのですが、リンカーンの座像がサイン・ラングエッジになっているという話があります。左手がA、右手がLで、Abraham Lincoln となるように造られている、というのです。後の時代になってこの彫刻家の方の息子が、たしか聾唖者で、聾唖の方のための施設に胸像をデザインして造ったということで、それがきっかけとなったのか、こういう噂がまことしやかにウェブなどでなされています。そして、リンカーン記念堂の前の階段が、ゲティスバーグ演説の最初に出てくる、 “Four scores and seven years ago...”の87段だという話もあります。それから、リフレクティング・プールという、大きな池がありますよね。映画『フォレスト・ガンプ』
巽:記念堂は、ほかならぬティム・バートンがちょうど10年程前にリメイクした『猿の惑星』
宇:座像の話でいうと、座像が動くという話が一時期ありました。なんで動くのかというと、これはご存知かもしれませんがthe Starshipというバンドの、邦題「シスコはロックシティ」という楽曲のプロモーション・ビデオが80年代にあったのですけれども、その1番の終わりあたりでリンカーンが立ちあがって歌う場面がありまして、それ以降にどうも動くらしいという話がまことしやかにされるようになったと。まあ、動きやしませんけれども(笑)
巽:(笑)
宇:いや、動くんですけれども(笑)信じれば動いて見える、と。
今昔暗殺者物語
−−リンカーンは暗殺された初めての大統領ですけれども、アメリカ大統領の暗殺にまつわる謎などはありますか。
宇:リンカーンとケネディの不思議な縁というのはありますよね。
巽:両者の暗殺はちょうど百年くらいの隔たりがありますが、ふたりが抱えていた政治的問題は人種問題にせよ軍事問題にせよ本当に似通っていた。
宇:非常に因縁ぶかいですよね。
巽:リンカーンの時代の南北戦争はケネディの時代の米ソ冷戦と対比できるでしょう。かてて加えて、リンカーンは衆人環視のもと劇場で暗殺されましたが、ケネディも衛星放送という衆人環視のもとオープンカーでのパレード中に暗殺されている。この映画はそこを割愛しているのですが、それもまた。原作者でもあり脚本家をも兼ねたセス・グレアム=スミスの英断として、わたしは評価しているのですよ。
ちょっと話は逸れますが、作家は映画化も自分が書いた作品通りでないと、嫌なものでしょう。スティーブン・キングは、キューブリックの『シャイニング』
宇:リンカーンを暗殺した犯人は、劇場でリンカーンを撃って倉庫に逃げたけれど、ケネディを暗殺したリー・ハーヴェイ・オズワルトは倉庫で撃って劇場に逃げたんですよね。そして双方の犯人とも逮捕前に殺害された。
巽:そうですね、本当は生け捕りにせよと言われていたのですけどね。本当によく似ていて面白いですよね。
宇:私設秘書の名前についても言われていますよね。
−−大統領と暗殺について、他に何かエピソードはありますか。
巽:ウィリアム・マッキンリーは米西戦争時代の大統領ですが、彼が暗殺されたのちに大統領職を引き継いだのがセオドア・ローズベルトで、そこから真の20世紀、アメリカの帝国の時代が始まります。ガーフィールドは一般的にマイナーな大統領だと思われているかもしれないですけれど、最近アラン・ペスキンの分厚い伝記が出て、教師としての前歴とか汚職追放への尽力とか、その名声を回復する試みになっていますね。それからロナルド・レーガンも面白い因縁があって、犯人がサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』
宇:一時期アメリカのフォークロア・都市伝説の掲示板でも、『ライ麦畑』
巽:『ライ麦畑をさがして』
虚実の境目に
−−リンカーンは本当にヴァンパイアだったのでしょうか。
宇:これは難しいですね(笑)
巽:小説を読むとなんだか納得してしまうのですけど(笑)
宇:都市伝説というのは、事実と虚実をうまく織り交ぜていって、その事実のパーセンテージと虚実のパーセンテージとの逆転現象がよく起きるのですけれども、事実の裏にあるストーリーを本物であるように思わせてしまうという点を面白いと思う気持ちが、今ネットなどで都市伝説が広まっていく要因になっていると思うんですね。
巽:本作品の場合も、 Abraham Lincoln: Vampire Hunter というタイトルを見て、最初はどうなのかと思いました。けれども、アメリカの本当の敵は南部とか奴隷制ではなく、人類全体を束縛しているヴァンパイアで、しかしそんなことを言ったら大統領は頭がおかしいと思われるのでそんなことは絶対に口にできないという設定は、陰謀説と言論統制とをうまく使っていると思います。まだ奴隷制をどうすべきか決定が出ていない南北戦争当時には、奴隷制への見解を公に討議すること自体が言論統制の対象でしたから。
宇:原作の写真なんかも、骸骨に牙が生えているものなんかがあって面白いですよね。
巽:そうそう。
宇:ぱっと見ると古い写真なんで、思わず信じてしまう。
巽:実際リンカーンは、故郷であるケンタッキーの田舎のログ・キャビンでは斧で薪を割るという生活から出発しているわけですから。斧を持ち歩いていても全然おかしくない。
Abraham Lincoln Birthplace*外観(奥田暁代氏提供) |
内部に保存されている丸太小屋(奥田暁代氏提供) |
宇:なんでズボンを脱いでいたんでしょうね(笑)。
巽:お仕置きをされているわけですよ(笑)。まあ、この映画ではメアリーはとてもかわいい奥さんになっていますけれど、実際はリンカーンに対して怒鳴りまくっていました。だから、そういうことから考えて、行動自体はパッとしない、性格も優柔不断で、決断力もあるのかどうかよく分からない人だったと思われがちなんですね。しかし、今回の映画が真相だったとすると、言いたくても言えない真実があったからこそ、結果的に優柔不断に見えてしまっていたという解釈も可能になります。こうして、妙にこの小説はつじつまが合ってしまうんです。原作を読んだ時に、よしながふみの『大奥』
宇:デートしている時ですね。
巽:そうそう。
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*写真注:Abraham Lincoln Birthplace(ケンタッキー州):
こちらの階段の段数も、死亡したときの年齢とおなじ数、という逸話があるという。
テディ・ローズヴェルトが定礎の式典に訪れ、完成時にはタフト大統領が訪れた。
さらにメモリアル創設を発案したAbraham Lincoln Farm Associationには
マーク・トウェインも名を連ねていた。
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−−今年から来年にかけて、10月27日に『声をかくす人』(原題:The Conspirator)、11月1日に『リンカーン/秘密の書』、来年に『リンカーン』などリンカーン関連の映画がたくさん公開されますが、このことについてはどう思われますか。
巽:実際には、リンカーンの生誕200周年が2009年だったんですね。だから2009年には生誕200周年の著名人が三人いて、それがポーとダーウィンとリンカーン。同じ1809年生まれで、ポーが1月で、ダーウィンとリンカーンが2月で、非常に近いし、3人とも猿に関係があります。そういう意味でも、生誕200周年の年にはアメリカでも展示を行っている博物館が沢山ありましたけれども、昨今のリンカーン映画ブームは、その時に企画を思いついたのか、あるいは一つ非常にうがった見方をすれば、今度のオバマ再選がかかっている大統領選が絡んでいるのか、どちらかでしょう。リンカーンも再選をかけて選挙に臨んで、それが成就したら暗殺されてしまいましたから。
Newsweek 最新号で特集されていましたけれども、リンカーンは表面上は優柔不断に見えるけれども、水面下では実はすさまじい政治力があった。とくに再選のために大変な戦略を練っていました。結局1863年に奴隷解放令を出しても、それで奴隷が解放されるわけではないんですよ。それを合衆国憲法に盛り込まなくてはならない。憲法修正案第13条を実現させないといけないわけで、リンカーンはそのために、修正案に反対しそうな重要人物を何人か呼びつける。そして、「もしも賛成してくれたらこういう閣僚のポストを与える」と、かなり露骨な取引を水面下で行っていました。そうやって再選を確保し、じっさいに憲法が修正されて、本当に奴隷が解放されるように持って行ったんです。対抗馬でジョージ・マクレランが出馬して、この人は最初はリンカーンのために働いていたのですけれど、民主党候補としてのライバルになりました。その時ちょうど北軍の形勢が悪かったのですが、天の配剤で、神風が起こったかのようにアトランタが陥落したのですね。これは『風と共に去りぬ』
それまではバッシングがひどくて、中には「リンカーンは悪魔と取引している」というネガティブ・キャンペーンが行われていたのです。そういうときに、フォークロアの類が使われるんですね。「エイブラハム・アフリカヌス1世」等と呼ばれて、黒人の味方のリンカーンをアフリカ人として揶揄するものがありました。今でこそ、「ブラック・イズ・ビューティフル」とも言われて、黒人だからと言ってどうこうということはないですけれど、当時は黒人のようだというのは、最大の侮蔑だったわけです。しかも、「黒」と悪魔を結び付けるという手法で、フォークロアじみたやり口でネガティブ・キャンペーンがされていた。けれども、水面下での駆け引きを通じてリンカーンは再選を果たして、 150年後の今はオバマが再選を目指している。その意味では、リンカーンを大変尊敬しているオバマが再選を狙っているこの時期にリンカーン映画がつくられるというのは、じつにタイミングがいい。
宇:オバマは、再選したら宣誓式の時にリンカーンの聖書をまた使うのでしょうかね。
巽:もちろん使うでしょう。
−−会場からの質問:ヴァンパイアというと一見荒唐無稽な話に聞こえますが、陰謀論なども絡めて考えるとこれはもっと深い意味があって作者が仕掛けを施しているのではないかと取れると思います。例えば、最後にリンカーンが暗殺されるのも、ヴァンパイアの一族によって殺されたのではないかという解釈が可能なわけで、そこまで考えて初めてこの映画を理解できるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
巽:暗殺犯はジョン・ウィルクス・ブースというシェイクスピア俳優で、アメリカ最高の美男と言われた男です。南部の大義のために行動し、リンカーンを暗殺すれば世論が自分についてくると考えていたのですが、原作では彼がヴァンパイアだったとされていますね。それでリンカーン自身もヴァンパイアになってしまって、一番最後にマーティン・ルーサー・キング牧師が“I have a dream”の演説をする場に佇んで見ているというシーンがあります。結局リンカーン自身がヴァンパイアとなって生きながらえることができたから、自分の播いた種の行く末を見ることが出来たという話なのですね。まあオバマのところまでは描かれていませんけれども、それなりに小説としては完結感があるものになっています。物語は実によく調べてあって、本当のところと作りモノのところがうまくつぎはぎになっています。非常にまじめなアメリカ史としても読みかえられる物語なんですね。私自身の専門分野でもリンカーンを作家的なイマジネーションを持った人物として読むという研究がアメリカでも盛り上がっていて、実際リンカーンが思い描いたことが実際にアメリカの歴史となって実現しているので、本作品はじっさいには非常にまっとうな映画じゃないかと(笑)。一見とんでもない話に見えるけれども。
宇:最後に銃が最新式になって出てきたりとかですね。
巽:そうそう。あそこで物語がまだ続いていることが示されている。だから細かい見どころが沢山ありますよね。劇場版の方のプログラムにも寄稿したんですけれども、リンカーンが大陸鉄道網の整備を推し進めたことから、railroad がキーになっているんです。字幕では明記されていないけれども、どうやって銀器を運ぶかところで、underground railroad が出てくるんですよね。これは日本語でも「地下鉄道」という言い方をするのだけれども、実際は鉄道の形はしていなくて、黒人が北部に逃走する際の経路を指します。だから、途中で教会に逃げるシーンがありますが、ああいう黒人を逃がす拠点を当時は駅 station と言い、管理する駅長さんがいて、また逃亡奴隷のナビゲーターを車掌さんと呼んだりしていたのですが、そうした歴史的事実が巧妙に採用されていたのが面白かったですね。だから映画の方でもかゆい所に手が届く演出がされています。男たちによる railroad のスペクタクルもある一方で、女性たちが underground railroad で銀器を運ぶという所は史実のみごとなドラマ化でしょう。蒸気船が一気に出てくるスペクタクル感覚も素晴らしい。だから一種のスチームパンクといってもいいですね。
−−興味深いお話をたくさんお聞かせいただきありがとうございました。本日は、「ムー民」試写ということで、観客のムー民(たみ)の皆様、楽しんでいただけましたでしょうか?映画『リンカーン/秘密の書』は、11/1より全国公開となります。おつきあいいただきまして、ありがとうございました。
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葬送列車は西へ――『リンカーン/秘密の書』学部生レポ
(巽ゼミ4年:坂雄司)
『300』や『マトリックス』シリーズを彷彿とさせるアクションが満載の『リンカーン/秘密の書』。大統領を一人の狩人と捉え、二時間の中で歴史の舞台を所狭しと闘わせる痛恨の冒険活劇となっている。巽先生によれば、黒人奴隷を逃がす「地下鉄道」が出てくるなど史実もきちんと調べられており、その符号を探す楽しみも見逃せない。歴史が陰謀めいた想像を掻き立て、ロマンを呼び起こす好例といえるのではないだろうか。