2012/10/01

卒論講評:宮城献( 2009年度:第 19期生)


 
巽ゼミは 2012年現在の現役 3年生が第 23期生にあたり、ここに卒論の一章を掲げる宮城献君は第19期生である。つまり、現在のゼミ最若手はゼミ初代がまさに卒論作成に懸命になっていたころ、この世に生を享けたことになるから、宮城君の世代は、まさにゼミ初代が本塾入学したころに生まれた計算になる。極端な話、初代と宮城君以降の世代は親子でもおかしくないわけだ。

いま改めて宮城君が研究発表会代表に選ばれるきっかけになった卒論草稿を読み返して思うのは、これだけの歳月を経ながらも、巽ゼミではその初期からくりかえし卒論テーマに取り上げられて来た定番作家がおり、ヴォネガットはその代表格のひとりであったということである。なにしろ 23年分であるからまだきちんと統計を取ったわけではないが マーク・トウェイン、マーガレット・ミッチェル、 J・ D・サリンジャーなど定期的に選ばれる人気作家のうちに、ポストモダン作家ヴォネガットは確実に仲間入りしている。

そればかりではない。ヴォネガットを選んだゼミ生は高品質の卒論を仕上げることが多く、毎年秋に文学部英米文学専攻が行う全ゼミ参加の研究発表会の代表発表者に、必ず選ばれている。とくに巽ゼミでは、夏合宿を経たのち、ゼミ現役生全員参加の総選挙によって代表発表者を決めるので、その結果は最も民主的だ。試みに、従来のヴォネガットがテーマの卒論タイトルを並べてみれば、何とその執筆者全員が研究発表会代表であったことが判明しよう。

   1992年度(2期生)山田菜都美 
  Kurt Vonnegut における自由意志と決定論—
  螺旋状時間の定義
   1999年度(9期生)永野文香 
  Nuclear Imagination:
  Freakish Figures in Kurt Vonnegut's Novels
   2002年度(12期生)木村亜希子 
  Reconstructing Destiny:
  Circular Time and Space in Kurt Vonnegut's Fiction
   2009年度(19期生)宮城献 
  Alternative to Sentimentalism:
  God Bless You, Mr. Rosewater


山田菜都美君は、巽ゼミがスタートしたばかりの時だったので、前年にソローで研究発表を行った初代の箸方久美君同様、 3年次ながらヴォネガット独自の超時空間にもとづく世界観について、堂々と発表している。12期生の木村亜希子君も基本的に山田君の論旨と連動するものだったが、マーク・トウェインとつながる系譜に着目した好論文であった。

9期生の永野文香君のヴォネガット論は一転、戦争をモチーフにヒロシマ以後の核の想像力を中心にしたもの。以後の彼女は大学院に進み、フルブライト奨学生および学術振興会研究員を経て、本塾よりヴォネガット研究で博士号請求論文を提出、学位を取得している。特筆すべきは、卒論、修論を経て発展させた『猫のゆりかご』論が、大学院博士課程時代だった 2003年、厳正な査読で知られる日本アメリカ文学会の機関誌英文号  The Journal of the American Literary Society of Japan 第二号に掲載されたばかりか、 2008年には現代の文学研究を代表するイエール大学/コロンビア大学教授ハロルド・ブルームの編纂になる北米のヴォネガット論集(チェルシーハウス社)に再録されたことだ。

時空間、戦争観と来て、じつは一番本質的ながら論じられることの少ないのが宗教観である。比較的最近までわたしは、これだけの歳月を経ても、なおヴォネガットが愛読され続けていることを、単純な同時代的人気のせいだと思っていた。ポストモダン作家の代表格だが、そのシンプルにしてアフォリスティックな文体とメタフィクショナルな意匠はお洒落でカッコよく、ピンチョンやバースほど重すぎない感じがするのも人気の一端ではないか。何より我が国では大のヴォネガット・ファンを任じる村上春樹の影響もあっただろう、と。

だが、宮城君の卒論はそうした日本におけるヴォネガット受容の固定観念を快くも打ち破るものであった。時空間や戦争以上に、日本人には理解しにくいのがキリスト教をベースにしたアメリカの宗教だが、彼はあえてそこに注目し、卒論全体においては、ヴォネガット家の根本にあるユニテリアニズムの意義を再検討してみせたのである。アメリカ建国の父祖のひとりであるトマス・ジェファソンも傾倒したユニテリアニズムは、伝統的なキリスト教が金科玉条とした超自然的な三位一体を否定し、あくまで人間としてのイエス・キリストを重視するアメリカ的な、あまりにアメリカ的な理性の宗教であり、逆に言えば、これを抜きにしてアメリカにおけるヒューマニズムそのものが理解しえない。ここに掲げる研究発表会代表としての宮城論文は、その意味で、ヴォネガットが長い人気を誇り一時代の流行作家に終らないゆえんが、まさにアメリカ建国期以来の伝統的にして国民的な宗教意識を継承している点にあること、そのことが往々にして忘れられがちであることを、強く再認識させてくれた。

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