2012/07/01

時代越え共感呼んだSF

時代越え共感呼んだSF
巽孝之


九・一一同時多発テロを経験したアメリカの知識人には、世界的文豪メルヴィルの『白鯨』(一八五一年)を類推した者が多かった。ブッシュ大統領が捕鯨船を率いるエイハブ船長、テロ首謀者ビンラディンがエイハブ船長の仇敵たる白鯨モビィ・ディックという見立てである。他の知識人には、同じ瞬間、我が国が誇るSF映画「ゴジラ」(一九五四年)を連想した者もいる。

さて、この両作品の普及にあたっては、ともにアメリカを代表するSFおよび怪奇幻想小説の大御所レイ・ブラッドベリが介在していたといったら、意外に響くだろうか?

グレゴリー・ペックがエイハブ船長を演じた名画「白鯨」(一九五六年)の脚本を担当し、複雑怪奇な原作小説を誰にもわかりやすい映画作品に仕立て上げたのは、当時三十三歳の新進作家ブラッドベリだった。彼は一九世紀半ば、南北戦争以前の緊張を孕む『白鯨』をみごとに二十世紀半ば、米ソ冷戦時代の緊張に移し替え、メルヴィルの精神を復活させたのだ。

ジョン・ヒューストン監督が彼を雇うに至ったのは短篇「霧笛」(一九五一年)に感銘を受けたからである。同作品は、夜な夜な岸辺に谺する灯台の霧笛を自身の仲間の呼び声と錯覚した太古の恐竜が、深海よりとうとうすがたを現すという幻想的にして叙情的な物語。種族のうちで最後に残ったこの一頭は、同胞に会えるかもしれないという一縷の希望を抱いて灯台に接近するも、最後には絶望的な孤独が待ち受けるばかり。滅びゆく種族をめぐる切々たる詩情は、時代を越えて読者の共感を呼び、我が国を代表する少女マンガ家・萩尾望都の漫画版でも広く知られる名作だ。

この「霧笛」を原案にユージン・ローリー監督「原子怪獣現わる」(一九五三年)が製作され、本多猪四郎監督「ゴジラ」(一九五四年)からマイクル・クライトン原作「ジュラシック・パーク」の映画化三部作(一九九三年—二〇〇一年)や磯光雄監督のアニメ「電脳コイル」(二〇〇七年)にまで何らかの影響を及ぼしていく。

一九二〇年にイリノイ州い生まれ、宇宙開拓SF『火星年代記』(一九五〇年)や近未来管理社会SF『華氏451度』(一九五三年)、『白鯨』のモチーフを組み込んだダーク・ファンタジー『何かが道をやってくる』(一九六二年)など傑作を数多く残した彼は、二度のO ・ヘンリー賞に輝き、国民的作家として人気を誇る。最近は脚本家としての再評価も高まっていたが、しかし飛行機嫌いで有名で、一度として来日したことはなかった。にもかかわらず、ブラッドベリが日米文化の相互交渉において密やかに果たした役割は、決して小さくはない。

長年暮らしたロサンゼルスにて二〇一二年六月五日没。享年九一。