2012/07/01

Book Reviews『E・A・ポウを読む』


巽孝之『E・A・ポウを読む (岩波セミナーブックス)』
岩波書店、1995年

今回取り上げるのは、『E・A・ポウを読む』!本書は、いまやポー研究第一人者、翻訳者として、活躍される巽先生の、コーネル大学に提出された博士論文に基づく、記念すべき初めてのポウ専門書。日本ポー学会第5回年次大会を控え、またポーを題材にした映画公開が続く 2012年のいま、当時の書評とともに振り返ります!

気鋭のアメリカ文学者巽孝之氏による『E・A・ポウを読む』(岩波書店、一八〇〇円)、謎めかしく神秘的でしかも麻薬中毒患者であるといった神話的 なポウの肖像を覆しにかかる。探偵小説という一ジャンルどころか、ジャンルそのものの生みの親で様々なジャンル小説や評論を書き、編集者として文学のビジネス化にも貢献した多才な一九世紀人の姿が見えてくる。
園田恵子『現代』10/1995

本書は巽氏の初めてのポウ専門書である。一般読者向けの本ではあるが、内容は重厚である。著者の長年にわたる理論・思考・実証の成果が平易な形で説明されているので、ありがたい本であるともいえる。著者によれば、本書の目的はポウを19世紀アメリカ・ロマン派作家として新歴史主義的視座から読み直すことである。従来の研究ではポウは「19世紀」「アメリカ」「ロマン派」という歴史的文脈の中には位置付けられず、特異な存在と見なされていた。精神分析学的研究、フランス象徴主義との関係、個性的な生涯に関する伝記的研究などが研究の主流であった。本書はそのような視点からではなく、「作家・批評家・編集者三役をダイナミックにこなした」ポウ、とりわけ、大資本主義国アメリカの誕生期を生き、その時代をまさに象徴する「マガジニスト」として活躍したポウを浮かび上がらせている。
鵜殿えりか『英語青年』01/01/1996

本書は、クラシック音楽の演奏にたとえれば、さしずめオリジナル楽器による最良の演奏である。周知のごとく、オリジナル楽器の演奏とは、曲の作曲された時代に使用されていた楽器を使い、ピッチや奏法ばかりか楽団の編成も当時を忠実に再現しようとするもの。著者は最初に「本書は、ひとりの十九世紀アメリカ・ロマン派作家を読み直す批評的研究である」と断っているが、ポウという、従来ともすれば時代からも、またあらゆる文学流派からも孤絶していたと考えられてきた作家をもう一度十九世紀アメリカというオリジナル・コンテクストに置いて捉えようというのが著者の基本的なスタンスである。
大神田丈二『週刊読書人』11/17/1995


著者の何よりの功績は、従来のポウ研究には奇妙にも欠落してい辣腕な「雑誌文学者(マガジニスト)」であった「アメリカ人ポウ像」を明確に定着させていること。たとえばポウが多様なジャンルを自在に駆使した作家であることはよく知られている。従来は文学的想像力を解明することに重点が置かれたが、著者は、編集者として雑誌が求めるジャンル的約束事に通じていたポウに強い関心を示す。つまり読者層に受ける約束事を「ズラして新奇を狙い、その結果、芸術と実業という領域区分さえ脱構築して」いった文学職人ポウを提示してみせる。ポウは明らかにあざといまでに「文学というビジネス」を意識していた作家であり、文学的実業家であった。
富士川義之『すばる』10/1995

ポウは文学のジャンルについて熟知し、諸々の雑誌の特性を知り抜いた雑誌文学者であり、つまり、何を書けばウケるかわかっていたという。実際、創刊雑誌の懸賞小説として書いて見事、入選、賞金をせしめたのが『黄金虫』である。また、ロマンティシズム文学では登場人物を抽象的な概念と隠喩で結びつける手法を使う。ポウの場合もシェークスピア以来の隠喩を使う。しかし、時としてまったくわざと期待を裏切ったりするという。文章のレトリック(修辞学)分析という手法によって、巽はポウの作品そのものに入り込んでいく。じつに興味深い。面白いだけでなく、本格的な文学の教養を与えてくれるこうした読書体験はおすすめである。
柏木博『Hanako 関西版』11/1995

【関連リンク】

【関連書籍】
巽孝之訳『黒猫・アッシャー家の崩壊―ポー短編集〈1〉ゴシック編』
 (新潮社、 2009年)


巽孝之訳『モルグ街の殺人・黄金虫―ポー短編集〈2〉ミステリ編』
 (新潮社、2009年)


巽孝之『NHKカルチャーラジオ 文学の世界 エドガー・アラン・ポー 文学の冒険家』(NHK出版、2012年)