2012/05/01

朝日新聞(08/21/2006)

日米の文化交渉を探る
―巽孝之氏アメリカで出版、演劇・アニメなど分析


アメリカ文学思想史を背景に、19世紀から現代の先端的な表現を研究している巽孝之・慶大教授が、米デューク大学出版局から、日米の文化交渉を探る著書『Full Metal Apache(フルメタル・アパッチ)』を刊行した。単著では英語圏でのデビュー作となる。前衛文学からSF、映画、演劇、アニメなどを分析することで、「サイボーグ的主体」となることを余儀なくされた戦後日本人の精神構造や、冷戦終結前後から同時性が深まった日米の文化状況を明かしていく。

「サイバーパンク的日本とアヴァンポップ的アメリカの駆け引き」という副題の通り、映画「鉄男」やアニメ「TAMALA2010」など、取り上げた素材には実験的なものが多い。

自分自身も含めて、日本人の多くは欧米文化に影響を受けて育ったジャパノイド(疑似日本人)と言えます。あたかも疑似記憶を植え付けられたサイボーグのように、欧米文化を主体の根幹に接ぎ木している。しかし、日本人が北米人以上に『赤毛のアン』やオードリー・ヘップバーンを偏愛していることからもわかるように、そのまま受け入れているわけではなく、オリジナルをどこか過剰に変形し、それを自然と信じて吸収してきたのです。

題名の「アパッチ」ということばからもそんな影響がたどれる。ジョン・フォード監督の映画「アパッチ砦」の影響のもと、造反的異分子という意味で、戦後の大阪に出没した鉄くず泥棒集団のあだ名となり、開高健の『日本三文オペラ』が取り上げた。それをさらに発展させた小松左京は、『日本アパッチ族』で鉄を食べる超人類を創造した。

接ぎ木を重ねて本質から大幅にズレたものが生まれた時は、新たなオリジナルと考えるべきです。その意味でいま日本のサブカルチャーに傾倒し、再表現しようとしている欧米人たちは、新時代のジャパノイドといえるでしょう。

映画「ブレードランナー」と重ね合わせた独自の天皇論や、「創造的マゾヒズム」など斬新な文学理論が次々に展開されるが、日本語版は今のところ刊行計画がない。

出版のきっかけは、94年に来日した思想家でデューク大教授のフレドリック・ジェイムソンが、映画論シンポジウムで同席した巽さんの「2001年宇宙の旅」と『家畜人ヤプー』をつなぐ報告に注目したことだった。その後、米国の雑誌に論文を発表しながら、10年以上をかけて新たな視点で1冊にまとめた。

面白いのは、現在の文化理論を描くために、巽さん自身の生い立ちから説き起こしている点だ。

日本語では絶対にとらないスタイルですが、英語圏の読者に向けて、なぜこの本を自分が書くのかという必然性を伝えるためには不可欠でした。そして何よりも英語だったから書けたのかもしれません。