2024/01/01

Book Reviews 『アメリカ文学と大統領——文学史と文化史』


『アメリカ文学と大統領——文学史と文化史』
監修:巽孝之、編著:大串尚代、佐藤光重、常山菜穂子
A5判上製、510 ページ
南雲堂、2023年 7月 29日
本体 5,800 円+ 税
ISBN-13: ‏ 978-4523293330

巽先生の退職記念論集第三弾として南雲堂より刊行された『アメリカ文学と大統領——文学史と文化史』の書評をまとめました。今後も随時更新していきます。

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『アメリカ文学と大統領——文学史と文化史』は、最終講義の新たな始まりを実現するような巽氏の同僚・門下生による退職記念論集である。「あとがき」にも書かれているように、本書は今まで歴史や政治の中に位置付けられてきた「大統領」を文化や文学の視点から読み直そうという試みである。(中略)同僚や教え子たちによって独立革命後の初代大統領から 21世紀の第 46代大統領までを網羅するアメリカ文学の物語/文化/思想の幅広い研究が実現したのが本書である。巽氏が序章でも述べているように、いずれも新しい視点による密度の濃い研究であり、大統領史が歴史や政治史のみならず文学や文化と連動して相互に作用してきた事が分かる労作である。——本城誠二『北海道アメリカ文学』第 40号(2024年)

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本書の最も魅力的な点は、なんといってもアメリカ史全体を対象とする射程の長さだろう。いくら歴史が短いといっても、米国はすでに46名の大統領を輩出しており、その歴史を丸ごと一冊の本の中で扱う試みは知的で大胆な冒険である。収録論文の手法にはいくつかのパターンが観察できる。1)大統領自身によるテクスト(回想録、演説やインタビュー、出演映画等)、2)大統領が物語の題材になっている、あるいは言及されているテクスト、3)大統領が直接的に描かれているわけではないが関連付けて読むことができるテクストの考察、これらの内のいずれか、あるいはいくつかの組み合わせが手法として採用されている。巽といえば、複数のテクストをジャンル横断的に比較しつつ論じることを得意としているが、彼の真骨頂は同時代に出版された複数のテキストの考察だけでなく、異なる時代を跨いで分析を行う点にもあると評者は理解している。例えば、20世紀のテキストに描かれる内容の予型を19世紀のテキストの中に見て、そこからアメリカ文学に通底する伝統を炙り出すのである。この意味で、特に冨塚、白川、常山、奥田、山根、秋元の論文は縦の同時代的な視点だけでなく、横のクロノジカルな歴史の流れも意識しつつ、異なる時代のテキストを縦横無尽に行き来して分析しており、巽から継承した手法を鮮やかに披露している。——松田卓也「アメリカ学会年報」2024年 4月(第 214号)

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本書は、巽孝之氏の退職を機に、慶應義塾大学の同僚とその門下生二六名が歴代アメリカ大統領の政治史/個人史と文学史をつないでみせた、アメリカ文学思想史の論集である。アメリカ的想像力の源泉として大統領に着目してきた巽氏は、『リンカーンの世紀』(青土社)などで、大統領を文学者とみなし、またシェークスピア劇の演技者とみなして、その大統領の生き様と文学思想史のスリリングな共犯関係を追求する独自の研究領域を開拓してきた。今回はこの分析視角を共通項に、歴代のほぼすべての大統領(コラムを含めて)をカバーして描き、壮大なアメリカ文学史の論集へと仕上げた。本書は、文学史の新境地を拓く試みであると同時に、歴史家や政治学者には決して書くことのできない、新しいアメリカ政治史のテキストとしても読めるのが興味深い。——貴堂嘉之「ホワイトハウスを舞台にした大統領の演劇的想像力」『週刊読書人』2023年 11月3日号

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英語圏でも類書のほとんど見当たらない独創的なテーマで編まれた論集である。慶應義塾大学で長らく教鞭を執られた巽孝之氏の退官記念として、その門弟・同僚ら総勢 29名が参加している。あとがきには「従来は歴史や政治のなかに位置づけられてきた大統領を、文化や文学の視座から読み直す」(516頁)とあるが、大統領の象徴性やその就任期間中の出来事から文学・文化を読み直す論考も多くあり、双方向的な試みとなっている。(中略)本書に収められた論稿のいずれもが、現実の多義性の中に踏み止まり、熟考することで「未完のアメリカ」を再発見し、新たな可能性を拓く試みとなっている。それを、日本の文学研究によって差し出された「嘆き」ならぬ希望の産声として受けとめたい。——萩埜亮「英語圏でも類書のほとんど見当たらない読誦的なテーマで編まれた論集」『図書新聞』2023年 11月 25日(3616号)

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歴代の米大統領と文学との関係について考察した論文を収める。大統領は行政府の長であり、軍の最高司令官でもある。その政策の影響は、小説の登場人物の姿にもにじみ出る。例えば、オードリー・ヘプバーン主演で映画化されたカポーティの『ティファニーで朝食を』。1940年代を生きるヒロインは、身軽に旅に出て、果てはアフリカまで赴く。この行動からは、第33代大統領トルーマンによる「反共封じ込め政策」が招いた抑圧的な風潮から逃れようとする姿勢も読み取れるという。通読すれば、米国の社会と文学との密接な関係も見えてくる。——『産経新聞』2023年 10月 15日