2019/02/08

【お蔵出し】「カズオ・イシグロ氏、ノーベル文学賞――日本的無意識、自然に浸透」(『産經新聞』2017年 10月 11日付)

カズオ・イシグロ氏、ノーベル文学賞
——日本的無意識、自然に浸透 

巽 孝之

夏目漱石の没後 100年を過ぎた今年、長崎出身にして、かつて漱石が文学を究めようと刻苦勉励したロンドンに暮らす日系イギリス人作家、カズオ・イシグロ( 62)が、今年のノーベル文学賞に決まった。イギリス文学史上 11人目の同賞受賞である。

ただしノーベル財団は、国籍上はイギリス(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)に属する作家であっても、現在は植民地主義以後の時代であるから、基本的には出生地で分類する方針を採る。かくしてカズオ・イシグロへの授賞は川端康成、大江健三郎( 82)に次ぐ 3人目の日本作家への栄誉として記録される。

わたしがイシグロ文学に最初に接したのはブッカー賞受賞作『日の名残り』( 1989年)であった。デビュー作は王立文学協会賞受賞作『遠い山なみの光』( 82年)で、同作品とそれに続くウィットブレッド賞受賞作『浮世の画家』( 86年)の 2作は日本を舞台にしていたから、もしもリアルタイムで読んでいれば、80年代当時のバブル前夜に流行していたジャパネスク小説の一環として読み流してしまっていたかもしれない。

とはいえイシグロ自身は海洋学者の父親の転勤の関係で5歳にして渡英して帰化し、エミリ・ブロンテやジェイン・オースティン、チャールズ・ディケンズらに傾倒しつつ、作家批評家、マルコム・ブラッドベリや幻想小説家、アンジェラ・カーターに師事してきた人物である。以後のイシグロは一作ごとに新境地へ挑戦し、『充たされざる者』( 95年)ではカフカ的不条理小説、『わたしたちが孤児だったころ』( 2000年)ではシャーロッキアン(シャーロック・ホームズの熱狂的なファン)だった背景を生かして探偵小説、『わたしを離さないで』( 05年)ではオーウェル的ディストピア(反理想郷)小説、『忘れられた巨人』( 15年)ではアーサー王伝説に根ざすヒロイック・ファンタジー小説をそれぞれ試み、ジャンルの上でもハイブリッド化を図り、それら諸作はいずれも現代英文学の正典となっている。

個人的には、ヴィクトリア朝以来の紳士的伝統を体現する『日の名残り』が一番好きだ。執事スティーブンスは、ふたつの世界大戦による世界の変容とともに人生への諦念を切々と語る。その過程で、執事が忠誠心の限りを尽くしたイギリス貴族が最終的には戦時中のナチスドイツへの加担により名声を失い、戦後には新たに屋敷を継いだアメリカ人に仕えるようになったという歴史の皮肉が浮き彫りになる。

かつてウィリアム・フォークナーは自身がアメリカ南部という南北戦争の敗戦国出身であるという一事をもって、日本からも「敗者の想像力」を駆使したノーベル文学賞受賞者が出現することを予言したが、スティーブンス執事が展開するのはまぎれもなく敗者の想像力に貫かれた回想である。たとえ戦後日本を直接的には主題にしていなくとも、イシグロ文学のうちにはごく自然に日本的無意識が浸透しており、それこそがハイブリッド文学の独自性を保証しているのである。

『産經新聞』2017年 10月 11日付