コラム1
ポストしらけ世代
坂:先生が学生時代をどのように過ごされたか、どのような本に影響を受けられたかを教えていただきたいのですが。
巽 :ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』
が非常に好きでした。70年代の半ばという時代的な環境もありましたね。60年代激動の昭和が一段落して、その後しらけ世代に入り、村上春樹などがその代表格になります。だけど私はそれよりもさらに5歳、6歳ぐらい若いから、すでに70年代の段階でポストしらけ世代と言われています。74年に大学に入るということは激動の60年代に加わるにはまだ若すぎて、中高生時代には、学生運動とかデモだとかビートルズの最盛期とか、そういうのをうらやましいなと思っていた。そうした熱く充実していた若者文化のすべてが終わったのだというふうによく言われた時代の雰囲気にフィットしていたのが不条理演劇とかの類で、私もだからこそベケット、安部公房にはまったわけです。演劇はよく観ていましたね。あと寺山修司の劇は全部チェックしていて、安部公房スタジオにも会員で入っていました。渋谷の山手教会の地下に、今はカフェテリアになったけど、そこに小劇場渋谷ジァンジァンという劇場があったんです。私は恵比寿生まれですから、渋谷系なので(笑)。しょっちゅうそこに入り浸っていました。当時 1970年代後半というのは高度成長期からバブル前夜へ至る過渡期の時代というべきか、パルコとか西武文化もとても良かった。そういうバブルの前夜の前夜ぐらいの時代ですね。だからすべてが終わったと言われながら、まさに文化的廃墟の中から次世代のおもしろい文化が発生しそうな、そういう空気の時代ですよね。
コラム2
「アメリカ」との出会い
巽:やはりジァンジァンでも演劇化された水野英子さんの『ファイヤー!』
という漫画が私は大好きでした。アメリカのロックバンドの話ですが、これがじつによく 60年代アメリカ文化を調べて書いているんですよ。白人のバンドと黒人のバンドの闘争があったりとすごく面白い。ただ小学生の頃に漫画の『白鯨』
は読んでいましたね。これはジョン・ヒューストン監督版の『白鯨』を漫画にしているんですよ。『白鯨』の存在はそれで刷り込まれていました。あとは68年位から定期的に読んでいた<SFマガジン>に連載されていた小松左京さんの『継ぐのは誰か?』
という小説があります。この作品は舞台がヴァージニア学園都市のサバティカルクラスで、教授がいないけれど学生たちだけで非常に高度な授業をーーいわば自主ゼミをーー自分たちでやっているという設定。これほど知的で楽しい仲間たちとの雰囲気が保証されているなら、いつか必ずアメリカに留学したい、と思ったものです。小松さんは実際そういう経験があるのかと思うぐらい、アメリカの大学の青春を生き生きと描いていた。もう一冊挙げれば、私が大学生の頃に一番流行っていた超ベストセラーである、森村誠一さんの『人間の証明』
という小説で、これもやはり半分はアメリカが舞台なんですよ。戦後、日本人女性とアメリカ黒人兵のあいだに生まれた混血児が主役になる波瀾万丈の物語で、本当に面白くて当時何度も熟読しました。何回か映画化もされています。『人間の証明』 のテーマを歌っていたのも実際にハーフであるフラワー・トラベリン・バンドのジョー山中で、私はロック少年だったから、それも良かったのですね。いまでもフォークナーなどを読むとジョー山中の歌声が聞こえてくるような気がします。だから文学ばかりではなく、音楽や映画などポップカルチャーを通じて、私の中にアメリカ文化が入ってきたのです。