2000/02/17

Kotani Mari Essays:ワシントンファンダムに会った日



「せっかくニューヨークに来たのにこっちの SFファンダムに会わないなんてもったいないよ」

こう言ったのは、ニューヨーク州はイサカ在住の巽孝之氏である。どこへ行っても SFファンダムの人間と会いたがるという性格は持って生まれたビョーキみたいなものだ。

かくしてアムトラックは朝霧の中、ワシントン DCめざしてひた走る。ニューヨーク←→ワシントンは超特急で 3時間半。窓の外をアメリカ東海岸の景色が飛ぶように過ぎていく。灰色の街。白い住宅。森。雪の中の小さな墓地。古いアメリカが最も新しいアメリカの間に見え隠れする。現実の中に幻想空間がちらりと出没する--東海岸の風景は、なぜかクリスティーナ・ロゼッティの詩を彷彿とさせるのだった。

さて、ここまでのいきさつなどを説明すると…

1986年 9月、アトランタで開かれた SF大会のあとオトモダチと連れ立ってニューヨークを愉しむつもりだったけど、商売柄とれた時間は丸一日のみ。ひかわ玲子こと渡辺かおるチャンが「ニューヨークいちんちじゃあの街のおもしろさ、わかんないとおもーよォ」とのたまってたのはホントーだった。約一週間分ぐらいのスケジュールを一日につめこむという暴挙に出たところ、残ったのは疲労困憊して萎びた体とごっそり 50本くらい増えた白髪のみというていたらく。その後、旅行のリテイクを虎視眈々と狙っていたら、ふとしたことからこのお正月、ニューヨークを訪れることになってしまったのだ。バンザイ!やりなおしのきく人生って大好きサ!ところが観光案内をたのんだヒトがたまたま SFファンであったため、特別オプショナル・ツアー<ワシントン DC一日観光・究極の SFを訪ねて>なーんてことが実現しちゃったのだ。

というわけで、ワシントンはユニオン駅、微笑みながら迎えに来てくださったのは、アトランタの大会でもお会いしたことのあるスティーヴ・ブラウン氏であった。しごくまともな SFファンである彼の運転する「世界の TOYOTA」(車種忘れた)に乗って、ワシントン観光が始まったのだった。

ワシントン DCは大西洋岸のほぼ中央、メリーランドとヴァージニア州にはさまれ、ポトマック川の北岸に位置する人口約 70万人のアメリカの誇る首都である。徹底的に考え抜かれた都市計画にもとづいてつくられた街で、とにかく美しい。市内を大づかみにすれば、ワシントン記念塔を中心に、西のリンカーン記念堂、東の連邦議会議事堂とのあいだは約 3kmにわたって緑の芝生帯(mall)が伸び、この両側が官庁街、連邦議会議事堂とホワイトハウスから発する放射道路が幹線で州名がつけられている……わたしが夢中でガイドブックを読んで感心していると、車はホワイトハウスの前を通りかかった。

「大統領に挨拶してこなくっちゃ」というとスティーヴは「そりゃ残念だな、今朝彼はカリフォルニアへ出掛けてしまったヨ」。

しばらく行くと、デパートみたいな建物の前を通りかかる。「それとも銀行かな」と思ったら、FBIだった。ワハハ…ナウいのね。と、車がスピードを落とした。こんどはなんだと思わず身構えるわたしに、スティーヴは「あれがぼくの勤めてる本屋(オルスンズ)、ギブスンの『ニューロマンサー』は 300冊以上売れたんだぜ」

ナショナル・ギャラリーを駆け足で廻り…といってもとにかく広い!ので、おめあてのワイエスとかダリくらいしか辿りつけなかった。地図を買いに行こうとすると、手間食って見つけるまでに時間がかかる……ああここらへんはたしかにアメリカ、とにかく広い!

美術館を出て隣のスミソニアン博物館へすたすた歩いて行くスティーヴ。「どこへ行くの?」わたしの問いに、彼はにっこり笑っていうのだった。「月の石を見にいこう」 

さて、ここはとある美術館の喫茶室(兼レストラン)。テキサス・ビーフをつつきながら、話し込んでる男が二人に女が一人。話題といえば、テキサス・ファンダムにおけるサイバーパンクのもりあがりについて。カリフォルニア生まれの男は、ついいましがた、その中心人物ジョン・シャーリイとの共同生活時代の話を語り終えたところだった。食後のコーヒーを飲みながら、スティーヴは話をつづける。

「クラリオン・ワークショップへ行ったあと、しばらくサーカスの脚本を書いてた時期があるんだけど、その時、大道具の仕事を手伝ってて、事故に遭った。手の傷はその時のもの。三日間ぐらいだったか、入院することになったんだ、もう手は諦めなきゃならないんじゃないかと怯えながらね。そのとき、時間があったからディレイニーの『ダルグレン』を一気に読んだ。すばらしい体験だった、としても感動した」

8歳の時に読んだベスターの『虎よ、虎よ!』をいまなお最高の SFといい、自宅には本棚一杯のディック・コレクションを持っているという彼は、ここ 10年来、さまざまなプロジン、セミプロジンなどで評論活動をする傍ら、シャーリイやスターリングとの交流を続けている。さしずめ、サイバーパンクの現場証人といったところだろうか。

レイト・ランチをすませて、リンカーン記念堂方向へ車を走らせると、ポトマック川沿いの道に出た。川向こうにはアーリントン国立墓地、それにペンタゴンがある。スティーヴが車を止めた。見ると、公園のド真中から巨人の腕が突き出ている。ウソだろと思って車から降りると、それだけじゃない、何と片腕、片足などなど胴体の一部分がそこらじゅうに転がっている。バラバラ死体?一瞬目を疑ったけど、それはじつは「アウェイクニング」と題する溺れた巨人…じゃなかった目覚める巨人、つまり土の中からいまにも巨人が立ち上がろうともがいている場面を象ったゲージツ作品だったのでした。「これ、去年のお祭りで片付け忘れた作品なんだ。あのときはワシントン中こういう彫刻で一杯だったんだけどネ」「フーン、かあいそーに」

巨人の体の一部の前で、記念撮影(といっても、後ろから見てみると、体のどの部分が写ってるんだかさっぱりわからん)。ふりかえると、神殿を思わせるリンカーン記念堂にかがり火が焚かれ、その向こうには小さくほっそりとオベリスク(ワシントン記念塔)が見えた。その光景には、さながらワシントンをアメリカの心臓部というよりもアメリカ神話の神話都市のように印象づける趣がある。それは、ここを訪れる観光客をいずれも参拝客にしてしまう。

空の色が変わり始め、風も冷たくなってきた。スティーヴが手袋を持ってなかったので愛用のホカロンを一個譲ってあげると彼はびっくり仰天、えらくウケる。そういやアメリカにこんなのないもんネ。やいこら、日本では日常にハイテクが満ちあふれているんだぜい!(とはいわなかったが)ともかくこのホカロン、このあと行ったダン・ステファンというひとの家のパーティでもみんな不思議がってとてもウケてた。
 
ワシントン住宅街はラモント・ストリート 1808番地のたそがれ。

ダン・ステファンは大きな体をゆすり、やや早口の英語でこういった。「気に入ったよ、ぼくにも描かせてくれないか」「へ?」聞き違えたかな?巽さんがにっこり笑って通訳を…えーっ!ウッソー!ホーントー!?

その夜、ダンの家には SFファンがたまっていた。おなじみ「SFファンは群れ集って」いたのである。当然おみやはファンジン、とはいえ外人さん相手なので<ローラリアス>など読めないだろうし、と思って携えていったのは、当然のことながらアート専門<剣魔界>誌。絵は万国共通の言葉、野田大元帥曰く「SFってのはやっぱり絵だねェ」、てことで<剣魔界>一部プレゼントしたときに出たのが、上のダンのことば。まだ信じらんない、夢ならさめないで。「末弥純はギブスンのイメージにぴったりだ、『記憶屋ジョニィ』のイラストはギブスン自身がとっても気に入ってるよ」う~ん、やっぱりね。「これだれの?」「根木ひかる」「とってもファンシーだ」やったーっ! あとで聞いたら、ダン・ステファンて 1983年にはヒューゴー賞にノミネートされたこともあるんだって。いまは、今度創刊されたセミプロジン<SF EYE>の副編集長でデザイン担当。ちなみにスティーヴは同誌編集長で評論一般を扱うとか。帰国後の話し合いで、末弥さんのイラストは<SF EYE> 2号の表紙を飾ることになってしまったし、ダンも<剣魔界>に描くことを約束してくれたし、アメリカのファンジン・コンクールに応募してみたらどうだと勧められるし……ああ何でこの場に剣魔のメンバーがいないんだ、みんなの喜ぶ顔が見たい!
 
クライマックスはサイバーパンクの話になったところで、かのギブスンに話がとぶとダンがこうつぶやいた。「そういえばあいつもファンダム歴長いんだよな。昔マンガ描いていたんだぜ」「えーっ!」

知らなかったギブスンって SFマニアだったのね『ニューロマンサー』はマニアの作品だったのね道理で SF大会好きな人だと思ったわだからアトランタの貫徹パーティでも一人でふらふらしてたのねあれは仲間を探していたんだそうかそうだったのか--一気に盛りあがり、そして…
 
ニューヨーク、グランドセントラル駅午後二時着。ほとんど、貫徹。でも、まだまだ話し足りないことっていっぱいある…長い一日は当分終わりそうもなかった。

<サロス> #50( 1987年 2・3月合併号)掲載


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