2000/02/17

Kotani Mari Essays:こころの風景3



 Gパンに地味なTシャツを愛し、男物の腕時計なんかして、秘境冒険活劇、考古学と天体観測にうつつをぬかしていたわが少女時代は、清く正しく美しい冒険少年幻想に侵されて、小さくかわゆく愛らしい少女グッズなどは、「へッ」とか思って、鼻もひっかけなかったものである。

 そのなれの果ては、どうなったのか。これがなんというか、百八十度宗旨替え。中年女性となったわたしは、当時のオトコ気はどこへやら、今はフリルとレースとリボンにおぼれきった生活を送っている。

 考えるに、若いころは、まわりから望まれるような受け身の女の子と見なされることが、ガマンできなかった。だから、少女趣味には背をむけた。そんなお年頃はとうにすぎた年代になって、ようやくくだんのテイストにエキゾチックな魅力を見いだすことができるようになった、というわけなのだ。でも今になってかわゆいグッズにまみれて少女趣味を敢行するワタシは、こんどは正しい中年女性からはみだしまくってしまい、それはそれで十分にブキミな存在となりはてている……のかもしれない。

 もっとも現代のフリルとレースの帝国は黒づくめが席巻していて、単にかわいらしいというよりは、どこか禍々しい雰囲気。心惹かれるゴシック・ロリータ(通称ゴスロリ)のお洋服などは、まさにそれ自体がダークファンタジーだ。少女趣味を世界の一部として現実におしつけてくる風潮に対し、知的な少女たちが胸をはって対抗しようとしている姿そのものに、物語が見える。(SF評論家)


(朝日新聞夕刊 2004年7月14日第16面に掲載)

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