1994/02/14

卒論講評:碓氷早矢手( 1994年度:第 4期生)



碓氷早矢手(うすい・はやて)君は、巽ゼミ 4期生のゼミ代であった。1993年 4月に 3年生として入ゼミし、1995年 3月に 4年生として卒業した学年にあたる。1990年からスタートした巽ゼミは、初代からこの代まで、八ヶ岳と伊豆高原のペンションにて交互に夏合宿をやっていたが(初代の時には春合宿というのもあった)、4期生を最後に伊豆高原合宿は打ち切りとなり(そこにはアクセスの難しさとかペンション側の消灯時間の早さとかいろいろな事情があった)、以後は八ヶ岳一本に絞られる(ペンションおるがんの hospitality はごぞんじのとおり)。この学年で英米文学専攻全体の研究発表会代表に選ばれたのはヴェトナム戦争小説を卒論の主題にした石田礼子君であり、そちらのほうも追々公開していけることと思うが、日本語でも卒論を書いてよいことになっていた最後の学年であることも、ここに明記しておこう。彼らに続く 5期生すなわち 1996 年 1月に卒論を提出した学年からは、英米文学専攻全体の方針変更により、英語で書く選択肢しか与えられなくなるからである。

そのような文脈があったため、4期生のなかでも最も達者な日本語の文章によって仕上げられた碓氷君の卒論は、「火星文学史」という衝撃的なコンセプトともども、鮮烈な印象を残すものであった。ふりかえってみると、碓氷君はすでにゼミ参加の前年 1992年には、わたしの担当する英米文学専攻 2年生対象の原典講読を受講していたから、そのころからのつきあいになる。そもそも「碓氷早矢手」というあまりにもカッコよすぎる、名付親の顔を見たくなるような名前を聞かされたら、記憶するなというほうが無理というものであろう。 

しかし、碓氷君が目立ったのは、名前だけではなかった。リベラルテニス、タッチフットボールといった体育会系サークルで鳴らすばかりか(いまもシューティングという格闘技では現役選手らしい)、新聞研究所にも所属し、そのころ大評判だったテレビ番組「ウゴウゴ・ルーガ」に関する調査のため、わたしにインタビューを求めてきたこともある(その結果、現在は講談社勤務)。ふつうこれだけいろんなことに手を出していると本業のほうがおろそかになるものだが、にもかかわらず彼は原典講読のクラスでも決して手を抜かず、教科書であったジェイムズ・コクラン編集のアメリカ短篇傑作選(ペンギン、ただしつい最近、絶版になったらしい)の中から John Updike の短篇 “Wife-Wooing” を選び、大いに興味深い発表を行っている。アップダイクがジェイムズ・ジョイスを徹底的に意識し、エロティックな想像力から限りなくタイポグラフィックに近い言語実験を開花させていくこの野心的な作品の中に、碓氷君はアンディ・ウォーホルのポップ・アートとの連動を洞察する、それ自体きわめて野心的な読解を示したのだ。アップダイクは広くリアリズム小説の枠組で捉えられることが多いが、のちにジョン・バースとの比較が試みられるぐらいに実験精神に富むポストモダン作家でもある。にもかかわらず、アップダイクのメタフィクショニズムは最近になって、とりわけナサニエル・ホーソーンへのオマージュである『緋文字』三部作が話題になってから、ようやく注目を浴びはじめたにすぎない。いまからきっかり十年前、1992 年の時点で文学的前衛のみならず芸術的前衛の側面からアップダイクを読み直そうとした碓氷君は、仮に理論的裏づけが薄かったとしても、その着想力だけでわたしを驚かせるにじゅうぶんだった。

したがって、そんな彼が入ゼミしたとなれば期待しないわけがなく、そのことは、げんにここにごらんにいれた卒論「Cowboys on Mars−−フロンティア・ナラティヴと火星文学史」が、期待にたがわぬ、いや期待以上の水準で完成したことからも、容易におわかりだろう。かつて 19世紀アメリカではゴールドラッシュ以後、西漸運動ととともにフロンティア精神にみちみちた文学が書かれたものだが、20世紀アメリカではそうしたフロンティア精神が宇宙開発に活かされ、SF周辺の現代文学では、かつての西部の役割を火星が演じるようになっている。アメリカ文学におけるフロンティア・ナラティヴの文脈において、火星を舞台にした作品はもっと注目されてよい。したがって、火星文学というフロンティアに斬り込んだ碓氷君自身のフロンティア精神に、わたしはぞんぶんに拍手を送ったのである。とりわけ、マルボロの広告というヴィジュアル素材をふんだんに利用したハンドアウトを作成し、意表を突く解釈を試みたときの発表は、いまも記憶に残っている。今回改めて確認したところ、そのあたりの議論は第4章前半に置かれているが、あまりにも強烈なので、いずれ書き直す機会があればむしろ序論に近い部分に、一種の「ツカミ」として入れたらどうだろう。

もっとも、個人的な本音をいうなら、SFはむかしもいまも趣味の領域であるため、それを卒論の主題に選ぶゼミ生が初めて登場したことは、うれしいような気恥ずかしいような、相当に複雑な気分をもたらしている。けれども、1980年代サイバーパンク以後、SF的想像力がアメリカ文学史の準拠枠に正式に組み込まれるばかりか、文化研究全般の探究対象と化しつつあったのはまちがいなく、その点、1990年代前半の SFの地位変動に驚くわたしの及び腰に対し、碓氷君の卒論が活を入れてくれたのかもしれない。そしてじっさい、アメリカにおいてはダナ・ハラウェイの霊長類学的フェミニズムを皮切りに、スコット・ブカートマンらの電脳文学研究やジョアン・ゴードンらの吸血鬼文学研究などが文化研究において定着し、我が国でも最新の教科書として書かれた本橋哲也氏の『カルチュラル・スタディーズ入門』(大修館書店、2002年)が、SFにきっちり一章を割いている。学界的にも、H・G・ウェルズやオーソン・ウェルズを中心に、火星とアメリカ文化史のかかわりを追究する方向が顕在化するようになった。そんな時代に碓氷君の卒論は、疑いなく先駆的価値を帯びるだろう。

最後に、碓氷君の卒論を HPに公表するやいなや、旧知のヴェテラン編集者からさっそく連絡があり、絶賛を賜ったことを付記しておきたい。いやはや、文章というのは、誰がどこでどんなふうに読んでいるか、わからないものだ。これから卒論を書き始めるゼミ生諸君も、どうか肝に銘じてほしいものである。 


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