巽孝之『アメリカン・ソドム』
研究社出版、2001年
文学的評価はともかく、大衆の政治的無意識をさぐるためには、通俗小説は重要な手がかりになりうる。先住民との通婚を「獣姦」になぞらえたり、服装倒錯や性的放縦を非難しながら、もてはやしたり、大衆の欲望と偏見がむきだしの形であらわれているのである。米国の政治文化の裏面に光をあて、「アメリカン・ソドム」として主題化した本書の射程は広い。
加藤弘一<中国新聞> 2001年5月6日
共和制期の感傷小説群は、表面上共和主義の美徳を称揚する教訓的な機能を装いながら、小説の誘惑する力を、息子や娘たちの父権制権威からの離脱を、あらゆる「不純」なセクシュアリティーへの逸脱を、つまり「アメリカン・ソドム」を、内包しているのだと巽は主張する。公認のドリームと隠されたソドムの緊張関係こそ、共和制小説の勘所にしてアメリカ文学史の要諦だというのだが、それは、エリオット、トンプキンズ、デイヴィッドソン以降のアメリカにおける共和制小説研究状況を確実に踏まえ、また、神権と王権から理性と共和主義に主役が交代する一八世紀史の状況を押さえ、その上、詳細を究めた貴重な作品の紹介と分析に基づく堂々たる構えの議論だ。日本のアメリカ文学研究界が真正面から受け止めるべき著者渾身の力作である。
折島正司<週間読書人> 2001年5月25日
(前略)著者にとって「アメリカン・ソドム」は単なる否定の対象ではない。「かつてなら性的腐敗のきわみと思われたアメリカン・ソドムとは、じつのところグローバリズム時代におけるマルチセクシュアリティの解放の果てに個人的欲望の楽園を夢見るユートピアニズムのひとつであるかもしれない」のである。読者を一種の異界に引き込み、つぎつぎに新しい材料と、著者の卓見とを示してくれる本書は、まさに「画期的なアメリカ文学批評」である。
宇波彰<オンラインブックストアbk1>書評
氏が「新しいカナンの夢がたえず新しいソドムの悪夢と表裏一体を成すのがアメリカニズムであるならば」と述べているように、逸脱・融合の繰り返しこそ、アメリカのダイナミズムなのである。このように、本書はアメリカ文学/文学史/文化史批評でありながら、究極的には鋭利なアメリカ文明批評であり、現在のアメリカに対する卓越した洞察である。そこに文学だけには留まらないアメリカニストとしての氏の姿勢が鮮明に浮かび上がる。
作間和子「書評」Sounding Newsletter#43 [2001/6/30]
アン・ハッチンソンの半律法主義論争からクリントン大統領の不倫問題までを視野に入れた広やかなパースペクティヴ、海賊の政治学やリバティニズムなどを論じる際の該博な知識と豊富な傍証、最先端の研究成果を踏まえながら随所に披露される独創的な見解(たとえばキャシー・デイヴィッドソンの『シャーロット・テンプル』解釈に対する異議申し立て)などに読者は圧倒されるにちがいない。
大井浩二<英語青年> 2001年8月号
驚き、興奮しながらわたしは「アメリカン・ソドム」を読み終え、本を閉じてから気がついた。十七世紀のインディアン捕囚体験記からピンチョンやエリクソンまでが、なんと一直線につながっている。これはまた、嬉しい驚きであった。察するに、巽氏の言うアメリカン・ナラティブとは、アメリカ自身のモノローグであろう。そのアメリカが二十一世紀においてカナンを目指す時、そこで語られるカナンは聖書が形を与えたカナンとはもって非なる形を備えたものであろう。(中略)アメリカの口元を一心に見つめ、次の発語を息をひそめて待ち構える巽孝之氏の真摯な視線が好ましい。
佐藤哲也<三田文学> #66 [2001年夏季号]
(前略)なんといっても本書最大の魅力は、「ソドム」というキーワードを軸に、17世紀から今日までのアメリカ文学思想史の変遷を一気に読者に突きつける豪快な筆致と、テキストからの引用に付された巽氏ならではの独創的かつ精緻な分析とが、見事に絡み合っている点にあるといえよう。ソドムとは本来ならディストピアと呼ぶべき場所であるにもかかわらず、ソドムこそ「グローバリズム時代におけるマルチセクシュアリティの解放の果てに個人的欲望の楽園を夢見るユートピアニズムのひとつ」であるかもしれない可能性をもつ、という本書の一節は、まるで望遠鏡と顕微鏡を併せ持つような巽氏の視点にささえられ、読者を「もうひとつのユートピア批評」へといざなうのである。
田辺千景「書評」<アメリカ学会会報>143号 [Oct 2001]
「新しいカナン」の地ニューイングランドに「丘の上の町」の建設を標榜したウィンスロップ自身が、私生活ではまぎれもないソドミストでありながら、あるいはそれゆえに、その丘の上のユートピアがソドムの都市に転落する可能性をひめ、性的ユートピアの願望をはぐくむ素地を持つことを敏感にかぎつけ、その矛盾を封じ込め、その危険性を警告し、その願望を弾圧することによってつくりあげたピューリタン社会が、内部にそういう矛盾と自己破壊の要素をひめながら、「周到な警戒心と[強靭な]国家的生命力」をはぐくみつつアメリカン・リパブリックにひきつがれ、今日のUSAにつながる「歴史」――それが本書では遠近大小の事象やテキストを強引・巧妙にむすびつけて全体としてみごとに提示されている。その膂力に脱帽。
八木敏雄「アメリカ小説の研究」英語年鑑編集委員会編『英語年鑑2002年版』研究社、2002年