2003/01/01

巽先生、テレビ出演


巽先生がNHK(BS-2)に出演なさいます。先生がどんな本を取り上げるかは当日のお楽しみ。要チェックです!

「NHK BS-2 週刊ブックレビュー」
 放送: 2003年2月9日(日)8:05-8:59
再放送:    2月15日(土)22:15-23:09

キャスター 高泉淳子 / アナウンサー 根岸昌史
書評者 沢松奈生子(元テニスプレーヤー)
    有吉玉青(作家)
    巽 孝之(慶應義塾大学教授)
ゲスト  大庭みな子/ 大庭利雄
*特集「大庭みな子・利雄夫妻 ~うたかたに託す共生の日々~」

(3/11追記)
番組では、沢松奈生子さんが『鬼女の花摘み 御宿かわせみ』(平岩弓枝著)を、有吉玉青さんが『太陽通り―ゾンネンアレー』(トーマス・ ブルスィヒ著/浅井晶子訳)を、そして巽先生は『満月の夜、モディ・ディックが』(片山恭一著)を紹介されました。「今週の一冊」は、『女は男のどこを見ているか』(岩月謙司著)でした。

巽先生による短評はこちら↓です。

片山恭一『満月の夜、モビイ・ディックが』(小学館、2002年)

巽孝之(慶應義塾大学文学部教授・アメリカ文学専攻)

作者のことも、どんな作風なのかも、まったく知らなかった。

しかし、アメリカ文学を研究する立場からすれば、こんなタイトルを掲げられたら、手を伸ばさないわけにはいかない。なんといっても、かのアメリカ・ロマン派文学の大御所ハーマン・メルヴィルが一八五一年に発表した世界文学的名作『白鯨(モビイ・ディック)』へのオマージュなのだから。

主人公を演じる二十歳の大学生・鯉沼は、両親の不仲から来る家庭崩壊から逃れるように、モーツァルトの音楽に浸り、黒鱒(ブラック・バス)を釣るのに夢中になっている。やがて彼は、釣り場で知り合った謎の青年芸術家・武井タケルと友人になり、大学のパーティで遭遇した風嶋香澄と恋人同士になるも、高校の同窓会で再会した下村朱美とも火遊びにうつつを抜かす。ここまでは、あくまで男の子を主役にした、いかにも自分勝手な恋愛小説に見える。

ところが、ある日、タケルが競艇に血道をあげるヤクザ連中に頼まれ、チケットを買うよう託された資金を横領着服したためヤクザに付け狙われる身となって、物語の雰囲気は一変する。香澄をも巻き込み、3人はクルマでロード・ムーヴィーばりの逃避行に出る。しかし主人公に関する限り、タケルや香澄との関係が濃厚になるどころかどんどん希薄になっていく。やがて香澄は風呂場でリストカットを図り、タケルは「満月の夜に注意しろ。モビイ・ディックはきっとやって来る」と言い残し、自宅に放火して姿を消す。

いずれも、自らを運命から解放しようとするもくろみだろうか。けれど本書が最終的にその表題に思い込めているのは、自らの片足を食いちぎった白鯨に復讐を誓い、捕鯨船の仲間を巻き込むこともいとわなかったエイハブ船長のように、人間はいかに神や運命から逃げようとしても、自分の内部に抱え込んだ闇からは決して逃れられないということである。物語の軽妙さとは裏腹に、そこに秘められた主題は、意外に重い。