2000/02/18

Ogushi Hisayo's Essays:文学史編






はじめに・・・ 

志望人数が150人を超えていたかつての栄華が夢のあと・・・となった慶應の英米文学科において、アメリカ文学を学びたい! という人がある一定の人数を保っているのは喜ばしいことです。それは翻訳のおかげでもありましょうし、また映画や音楽をはじめとするポップ・カルチャーとしてのアメリカの姿が、わかりやすいかたちでメディアを賑わしているからかもしれません。けれども、「アメリカ文学が好き」ということはわかりやすいかもしれませんが、アメリカ文学を「研究する」となると、「どーしたらいいのかな」と思う方もいらっしゃるでしょう。最近はことに「大学院にいきたいのだけれども、どういうことをしているのか」という質問をされることも多くなりました。いや、実際質問が多いんですよ。でも自分がやっていることを日々顧みない私は、思わずそこで「う~ん」と口ごもるのでありました。情けないわ。自分が社会的身分を捨ててブンガクに身を投じたというのに、それをみんなに伝道できないでどーする。そこで、「研究するに何を読んだらいいのかな」と思っている方や、大学院に入って本格的に研究したいな~と思われる方のために、このたび私家版「米文学の基礎知識」なるものをものしてみました。
もちろん、何らかのかたちで文学を志すからには、研究書を読む前に(ないしは平行して)浴びるほど一次資料となる文学作品を読んでいることが必要なのは言うまでもありません。読んで読んで読みまくる!!! う~、お腹いっぱい。と、お腹がちくちくなるまで読んだ後に、すべては始まるのです。腹ごなしにちょっとばかり出かけてみましょうか。ペーパーバック片手に、アメリカ文学研究などという、果 てしないジョギングに。

<文学史編> 

「研究とかっていうけどさ、作品を読んでりゃいいんじゃないの?」
そう、そうです。もちろん作品を読んで「は~、おもしろかった、ウン」で終わることもできるのです。でもその作品を好きになっちゃったり、ないしは「なんかしっくりこない」という感想でをもってしまったり、とにかくその作品に興味を持ったならば、「どうしてこの作品が好き(または嫌い)なのかな」といいう疑問が出てくるでしょう。それを知るためにも、その作品ができるまでの歴史的な流れというものを調べてみることは案外重要なことなのです。その作品が出てきた意義とか、必然性なんかがわかるかもしれないからです。それに時代思潮ってその場に生きていないとなかなかわからないものだし。というわけで、文学史です。「え、単なる歴史でしょ。何を読んでも一緒じゃないの?」と言ってはいけません。文学史は文学史で、なかなかに奥の深き物語なのです。

・High, Peter B. 
An Outline of American Literature. 
1986; New York: Longman, 1991. 

巽先生の米文学史の授業でも使っていた教科書。基本中の基本は、これでおさえられます。骨組みだけを知るのはこれでいいかな、というかんじです。流れはとてもわかりやすいです。ただし、いわゆる文学史の読み直し(これまで無視されてきた作家を再評価する)の視点はあんまり入っていないので、そういう点は他の文学史で補うとよいでしょう。

・Rulland, Richard, and Malcolm Bradbury. 
From Puritanism to Postmodernism. 
New York: Viking, 1991. 

んで、これは米文学史でも巽先生が使おーかと考えていたとしていた本ですね。私はハードカバーしか持っていないんですけど、今はペンギン版のペーパーで手に入るはず。ピューリタンから扱っていて、思潮的な背景もわかるようになっているし、批評的なことも説明されています。

・Elliott, Emory et al., eds. 
The Columbia Literary History of the United States. 
New York: Columbia UP, 1988. 
・---, eds. 
The Columbia History of American Novel. 
New York: Columbia UP, 1991. 

でました!! ってかんじですけど、これはもう読まなくても持っているべき文献ですね。うむむ。一章一章がすごく読みごたえのある論文のような本です。ちなみにこの本はひとりで立つことができる・・・つまりすごく厚い本なのさ。知りたいところをレファレンス的に使うこともできます。とにかく必携! 現代文学(80年代あたり)まで網羅されています。ポストモダン文学などがわかりやすく説明されている。

・別府恵子・渡辺和子編著
 『アメリカ文学史―植民地文学からポストモダンまで』 
1989年:京都:ミネルヴァ書房、1990年。

日本語で読めるアメリカ文学史でいいのはないの? と思うかも知れません。あります。中でもお勧めなのはこのミネルヴァの文学史です。というのも各時代ごとに、その時代の思潮のまとめがついているんですね。これがとっても便利でわかりやすい。取り上げているのも植民地時代からで、捕囚体験記とかも入っていて、かなり新しめの事柄を取り上げています。編者からおわかりになると思いますが、フェミニズム関係も充実よ。えーと、このほかには大橋健三郎先生の『概説―アメリカ文学史』(研究社)は、アメリカ・ルネッサンス関係が特によかったような記憶があります。

・福田陸太郎編
 『アメリカ文学思潮史』 
東京:中教出版、1975年。

文学史はただ漫然と作品の年代を覚えるのが目的ではないのです。どっちかというと、なぜそうした作品が特定の時代に出てきたか、ということが問題なのさ。そのとき必要なのが、当時の思潮とか思想背景なの。この福田先生のは、とくにアメリカ・ルネッサンス期の超絶思想などがよくわかりますのよ。でもね、絶版なのよ。慶応の図書館にも入っているけど、どこかのふとどき者が下線を引きまくっていて読みにくいのだな。北沢書店にさりげなく在庫があったりします。

概説書の類ではこんな感じです。このあたりが基礎的な文献になります。こうした複数の文学史を並行して読むと、それぞれの著者がどんな考えを持ち、作家や作品の取捨選択をしたかがわかります。この人の好みはこれなんだな・・・とか、この人はどうやらこういう作品には重点を置いていないらしい、など、「文学史家」としての立場がわかるようになります。
こうした文学史を読んで自分なりの「文学史ノート」を創っておくと便利です。どんな文学史も完璧ではないので、自分なりにいいとこ取りの文学史をまとめてしまいます。私もつくりました(今は行方不明・・・)。こうしてまとめることによって、大まかな文学史・歴史の見取り図が自分の中に出来ていきます。もちろん、「文学史」といっても視点の違いによって大きくかわっていくので、いったん「できたー」と思っても、後で必ず改訂を迫られるものであることは心に留めておきましょう。自分の成長に応じて、文学史への視点が変わっていくのは自然なことなのです。


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