1992/02/16

エリスの文学に見るブラット・パック:序文




序文

 私はこの卒業論文でブレッド・イーストン・エリスを取り上げたいと思う。なぜなら、私は数ある米文学作品の中でも、彼の作品に一番強くアメリカを感じるからである。ところで、エリスはごく最近に文学界に登場し、現在も執筆活動を行っている作家なので、彼の略歴など彼についてのこと、また彼の周辺のことを、本題に入る前にこの序文で述べたいと思う。

 ブレッド・イーストン・エリスは1964年にロサンゼルスに生まれ、ロサンゼルスで育った。しかし1982年、高校を卒業すると同じにロサンゼルスを離れ、アメリカ一学費が高いことで有名な東部バーモント州のベニントン・カレッジに入学。そしてこのカレッジに在学中の1985年秋に、デビュー作『レス・ザン・ゼロ』をサイモン・アンド・シュスター社より発表したのである。そしてカレッジの卒業後はニューヨークに移り住み、1987年秋には、東部における学生生活を題材にした『ルールズ・オブ・アトラクション』を同社より発表。更に1991年春には、ウォール・ストリートに働くビジネスマンを主人公にした第三作『アメリカン・サイコ』をヴィンテージ社より発表するなど、現在も活発な執筆活動を行っているのである。

 エリスの略歴を述べたついでに、彼の人物像についてもここで少し触れておきたい。作品から想像されるイメージとはまるで異なるのであるが(脚注1)、 彼はあるインタビューで、昼間は取材か原稿書き、夜は気晴らしにバーかパーティーに行く程度と話している。そのストイックな生活ぶりは、ほぼ同時期にデビューし、比較されることの多いジェイ・マキナニーが、盛んにマスコミの各方面に登場し、私生活を含めて話題を提供することが多いのと対称的である。

 ではここからは、そんなエリスの作品はどのように評価されたのであろうか、ということを見ていきたいと思う。

 まず、彼の処女作『レス・ザン・ゼロ』がニューヨークのサイモン・アンド・シェスター社より刊行され たとき、アメリカ社会の示した反応は、一種のとまどいと驚きであった(脚注2)。それを端的に示すのは「ニューヨーク・タイムス」紙に載った、「こんな不穏な小説を読むのは実に久しぶりだ」という書評であろう。そしてこの作品はたちまちその「ニューヨーク・タイムス」紙のベストセラー・リストで13位にランクされたのである。またマスコミの中には、アメリカの一群の若者たちを指して「ゼロ・ジェネレーション」と呼ぶところも現れ、彼らの傾向をカジュアル・ニヒリズム、あるいはクール・ニヒリズムと称する者さえいた程だ。各雑誌、各新聞の書評の多くは非常に好意的で、例えば、保守的雑誌「ニューヨーカー」誌は「実に完成度の高いデビュー作」と評し、また「サタディー・レビュー」誌は、「アメリカ青春文学に新しい一ページをつけ加えるもの」と高く評価した。しかしそれには、『レス・ザン・ゼロ』の出版の数年前から、アメリカでは小説家の若返り現象が急速に見られ、大手出版社からジェイ・マキナニー、デイビッド・レーヴィット、タマ・ジャノビッツなど、ニュー・ロスト・ジェネレーションといわれる二十代、三十代前半の若手小説家の短編小説や中篇小説が相次いで刊行されはじめており、そして彼らの若さゆえ、小説が非常にファッショナブルなものとしてとらえられるような風潮が出てきた、という背景があったことも忘れてはならない。エリスの『レス・ザン・ゼロ』は、いわばその極めつけとして登場したのである。つまり、そのような若手作家の中でもずば抜けて若い、二十一歳の現役の学生が書いたデビュー作というのも衝撃的であれば、エルヴィス・コステロの曲名からとった『レス・ザン・ゼロ』という題名も強力なインパクトを持っていたのだ。であるから、この一群の作家たちの旗手として、エリスのことをマスコミがもてはやしたのも当然の成り行きであった、といえるのである。なお、この作品は『アナザー・カントリー』のマレク・カニエフスカ監督により1988年春にアメリカで映画化公開され、そのバングルスの歌った主題化『冬の散歩道』は長い間ヒット・チャートのトップを走っていた。

 次に、『ルールズ・オブ・アトラクション』についてであるが、特に特筆ずべきことはなく、強いて言えば、失敗作だと言う批判が大半を占めている、という程度である。

 では、『アメリカン・サイコ』についてはどうであろうか。この作品は「アメリカ文学史上最悪の作品」とまで呼ばれ、まだ出版される前から、この作品のまわりではさまざまなことが起こったのである。つまり、内々に回されたゲラ原稿にもとづく雑誌記事で徹底的に批判され、言論の自由と検閲に関する熱い議論を引き起こしたのだ。ここでは、このエリスの第三作に関する経緯を要約して述べてみよう。30万ドルという著者へのアドヴァンスとともに、サイモン・アンド・シェスター社は契約を交わしていたが、印刷、出版まであと数週間という時になり、突然、出版中止を決定した。理由として「趣味の問題」ということが言われたが、おそらくはこの作品に登場するセックスや暴力のあからさまな描写を嫌悪したためと思われる。だがそれ以上に、同社の親会社であるパラマウントが世間へのマイナスイメージを恐れ,土壇場で取り消し命令を出したという説が有力である。ところでまた、彼の前二作の表紙をデザインしたジョージ・コルシロがその担当を拒否したということも注目に値するであろう。結局、サイモン・アンド・シェスター社が出版取りやめを正式発表した1991年11月15日の二日後には、アメリカでも屈指の優れた出版社であるヴィンテージ社が出版を発表し、そのあやぶまれた出版は確実なものとなったのであるが、おうなると、非難の矛先は出版そのもの、著者、そして新たな出版社へと向けられるようになったのである。その非難の内容そのものについては本文で触れることにして、ここあとても興味深い、この本の話題性を最も端的に表すエピソードを述べたいと思う。それは、ボイコットによる脅しである。NOW(全米女性機構)はタミー・ブルースを中心に3月に『アメリカン・サイコ』が出版されたとたん、この小説に対してだけでなく、ヴィンテージ、およびランダムハウスによる出版物(ただし「フェミニスト」による作品を除く、という)を拒否すると宣言し、さらにそれだけでなく、電話や郵便物で、この本の出版に関与した幹部達への嫌がらせを始めたのでる。

 ところで、このようにさまざまな話題を提供してくれているエリスの文学史上の位置づけはどうなるのであろうか。

 彼はよく、同じヴィンテージ社から作品を発表している、70年代後半から80年代にかけて出てきた、レイモンド・カーヴァーやアン・ビーティー、ジェイ・マキナニーらと同列に扱われ、彼の文学はミニマリズムと呼ばれることがある。では、ミニマリズムというものを定義するために、ミニマリストと呼ばれる作家達の作品の特質を列挙してみよう。第一に、小説としてのサイズが非常に小さいこと。第二に、文体が非常に簡潔であるということ。また簡潔であると同時に、切り詰めた文体の意識的な利用ということ。第三に、スタイル面での現在形の多用、すなわちドラマの抑止ということ。第四に、題材が非常に日常的性格を持つということ。つまり、'banality' というか、題材そのものの小ささ、ということ。第五に、人物を通して表現される作家の心的態度が虚無的、ないし、極度に受動的であること。第六に,ミニマリズムを非難する人々が指摘するように、社会的な広がりの欠如,空間の小ささということ。第七に、題材に対する緻密な目。そしてそこから一種の暗示性を読者は受け取ることができるということ。以上である。(志村他 2頁)。

 ミニマリズムを説明したついでに、それが語られる時には必ずついて回る発生論についても少し触れておこう。第一に、味覚論。<60年代>にアメリカ小説は、あまりにも分厚く、あまりにも誇大妄想的に、あまりにも独りよがりな突進を楽しむものになってしまった。その時代を特徴づけていた多幸症的ムードが去ってしまった後では、むしろ日常を淡々と描く、意識的にやせ細らせた文学世界がの方が、時代の感覚にしっくりくる。つまり言い換えれば、こってりとした料理の後にはあっさりとしたお茶づけ、またはデザートのようなものが欲しくなる、という論である。第二に,後遺症論。現在中堅層をなしつつある1940年代から1950年代生まれの作家、またはそれ以降に生まれた若手作家は、ベトナム戦争の作家(および読者)がイデオロギーや抽象観念、そして政治的コミットメントを避けたがり、ささやかな日常をつつき回す文学に心の慰安を覚えるのは大変良く理解できる、という論である。第三に、才能低下論。同世代の優秀な層がゴッソリとビジネス・スクールにさらわれる時代であり、文学的傾斜を持った若者も、多くが映画やビデオ・アートに持っていかれている、という論。第四に、経済論。出版社における本の商品化体制の完備により、コストも高く、読者に多大の努力を要求し、しかもなかなか次作を当てにできない大きな作品を書きたがる新人を敬遠する空気が高まった、という論である。第五に,文学のサークル化論。俗悪なベストセラーものと張り合う必要のない、大学内のサンクチュアリに文学が閉じこもった。創作クラスの優等生には、優等大学創作クラスの講師という名誉と安定が待っている。クラスでやるなら短編がいい。それも実体験にもとづいたものがやりやすい、という論である。(佐藤 20頁)。

 では、果たして本当に、エリスの文学はミニマリズムというものでくくれるのであろうか。このことは本文でも触れるが、確かにエリスは「banality/陳腐さ」を描く、ということを自分自身でもいっている。しかも文面、スタイル面においても、彼の文体は簡潔であり、現在形を多用している、というより、ほとんど現在形しか使っていない。このような点では彼はミニマリズムに当てはまる、といえるのかもしれない。しかし、彼の文学は決してミニマリズムには当てはまらない、と私は思っている。ここではその理由を簡単に述べるにとどめ、詳しい理由については、直接的ではないにしろ、本文でも述べているので、そこから読み取って頂ければとおもっている。まず、第一に、彼の作品が文字通りにミニマリズムではなく、長編だからである。第二に、ほとんどケンタッキーのことしか描かないボビー・アン・メイソン、小さな領域だけに住んでいて、そこから動かない人物を描いたレイモンド・カーヴァーやアン・ビーティーとは違い、エリスの作品にはモビリティがあるからである。そのエリスのモビリティは、彼が処女作ではロサンゼルスを、第二作ではニューハンプシャーを、第三作ではニューヨークを、というようにさまざまな場所を描いていること、しかも処女作の主人公は第二作にも登場しており、大きく移動する人物であることからも明らかである。第三に、彼の作品がデザートとしては決してふさわしいものではないからである。なぜなら、彼の作品は、ある意味では不穏で後味が悪く、デザートには重過ぎる。しかも彼の文学は、ミニマリズムとは正反対な、ロマンティックでナルシスティックなものであるともいえ、彼が陳腐な世界を描いているにしても、彼によって描かれたその世界は幻想的である、といえるからである。特にこの論の詳しい理由づけに関しては、他の論の必要上本文で述べているので、そこを読んでここの理由づけとして頂ければと思う。

 ではようやくここで、私の卒業論文の概要に入りたいと思う。エリスの文学に触れ、私が一番興味を持ったのは、ブラット・パック(脚注3)と呼ばれる現代のアメリカの若者の、一見無軌道とも思える生態である。であるから、この論では、ブラット・パックという世代の世代論を中心に述べているつもりである。少々細かく述べると、第一章では、その世代論を導くために、エリス文学の主人公のキャラクターから、大まかにブラット・パックの生態を説明しているのであるが、エリスの作品に登場するブラット・パックもひとつの姿ではなく、作品と共に変化しているので、その彼らの生態の変化を、エリス文学の成長、発展という形の中で述べている。そしてそれに、その変化の理由について私なりに考えたことをつけ加えている。第二章では、この論文の中心となる世代論、つまりブラット・パックを生んだ社会的背景を述べている。しかしここで注目して頂きたいのは、一般に言われているように、この世代を発展しすぎた資本主義、消費文化によって崩壊しつつある社会の、最悪の象徴としただけではなく、新しいナルシスの世代として定義したことである。そして第三章では、それまでの世代論と関連してブラット・パックを描いたエリスの文学が人々に広く受け入れられた理由を、エリスの文学の魅力からだけでなく、エリスの文学と時代との関連によっても述べている。

 しかし何といっても私は力不足なので、私の考えが十分か、そして十分に伝わるかどうかにはとても不安が残るのである。であるから、私がエリスの文学に惹かれているのだということだけでも、この論文で伝わればと思っている。

脚注

注1『ルールズ・オブ・アトラクション』訳者あとがき(324-25頁)より。
注2『レス・ザン・ゼロ』訳者あとがき(261-63頁)より。
注3ブラット・パック/Brat Pack/悪ガキ集団
 初めは、Emillio Estevezを筆頭に、 Rob Lowe, Judd Nelson, Timothy Huttonら若手俳優を称したものであった。そして彼らの特徴はいわゆる「下積み」を経験することなく、若くしてスターたりえてしまったことである。しかし、やがてこの言葉はジャーナリスティックなハリウッドの文脈を離れ、裕福な家庭の指定で、若くして圧倒的な富と特権を所有する、80年代のある種の若者の総称として機能するようになる。彼らは上昇志向とはついぞ無縁のまま、明確な特権階級意識を共有し、頂点に立つものの倦怠感を漂わせて日々を浮遊する。(栩木玲子「American Psychoにおける"Brat Packの形成」より。) 


CONTENTS
[序文]/[第一章]/[第二章]/[第三章]/[結語]
[参考文献]



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