1992/02/17

卒論講評:中村美緒( 1992年度:第 2期生)



巽ゼミ二期生というのは基本的に 1991年 4月に入ゼミし 1993年 3月卒業した学年を指す。この時のゼミ代が現・エンサイト取締役の山口恭司君で、しかも現・本塾文学部助手の大串尚代君も入っていたのだから、これは疑いなく驚異の年だったといっていいだろう。

中村美緒君の卒論は、その中でも抜群だった。たったひとつの短篇を読解するのに徹底して文化史を洗っているのもさることながら、何よりも書き手である中村君本人の動機が熱く伝わってきたのである。そして、ふりかえってみると、わたしはすでに、この卒論に関しては、ひとつの演説原稿のかたちで書き上げたことがあった。かれこれ二年近く前、 2001年 1月 28日、帝国ホテルで行われた中村君の結婚式での主賓挨拶がそれである。結婚式で卒論講評を行うというのも異例であり、こんな馬鹿げたことは教え子諸君はとうていやってもらいたくないことかもしれないが、しかし中村君に関する限り、彼女とこのすばらしい卒論とがわたしの中では切っても切り離せないのだから、いたしかたない。そこで今回も、異例ついでにその時の逆、すなわち卒論講評のページにて主賓挨拶を再録するという暴挙に出てみようと考えた。もともとこのゼミ HPでは、いずれ、われながら出来がよかったパーティ挨拶のたぐいを一挙に集め「祝辞の達人」なるアーカイヴでも設けようと構想していたため、これはそのほんの前哨戦とでもお考えいただければありがたい。

ちなみに、アリス・ウォーカーを卒論主題に選んだのは中村君本人だが、その短篇「 1955年」を中心に据えるよう助言したのはわたしで、そこにはいささかわたし自身のうしろめたい動機がひそんでいるのでこのさい告白しておこう。お気づきのかたもおられるかもしれないが、この短篇タイトルは、じつはわたし本人の生まれ年なのである。

( 2002年 10月 10日記)




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